令和2年10月号

専心・洗心(住職コラム)

今月の詩

人間だもの

 苦しいことだってあるさ
 人間だもの

 迷うことだってあるさ
 凡夫だもの

 過ちだってあるさ
 オレだもの

 (相田みつを)

親鸞聖人は「悪人正機説」で、「仏を信ぜず、煩悩に満ちた凡夫こそ、仏の慈悲を受け極楽往生を遂げる」と説いています。

実は、「観無量寿経」というお経には、「九品九生」といって、大雑把に言うと「信心の深さによって上品上生から下品下生までの九通りの往生」があると説かれています。

私たちは神様でも仏様でもありません。人間です。煩悩に悩み、苦しむ人間です。「煩悩に苦悩する人間」だと自覚することから、人生が始まります。

五つの懺悔(善導大師のことば③)

歴劫よりこのかた嫉妬を懐き、我慢放逸癡に由りて生ず。恒に瞋恚毒外の火を以て智慧慈悲の根を焚焼す。今日思惟して始めて惺悟し、大精進随喜の心を発す。随喜し已んぬ。至心に阿弥陀仏に帰命し奉る。

至心随喜

「目から鱗」という言葉があります。何かを契機として真実の姿が見えてくること。また、分からなかったことがよく理解できるようになることです。

見えていなかったものが見えるようになったり、分からなかったことが分かったりすると、頭がすっきりし、とても爽快な気分になります。なかなか習得できなかった技術・技能を身につけられたときの喜びは、おそらく天にも昇るような気持ちになったことと思われます。

実は、善導大師の五つの懺悔のうちの「至心随喜」は、この「天にも昇るような気持ち」でもって、心の底から阿弥陀仏の大慈悲を信じて、身も心もゆだねることを意味しています。

あらゆる煩悩から解き放たれ、悟りを開いたとき、まさしく「目から鱗」の「歓喜に満ちた人生」が送れるのではないでしょうか。

合掌

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